ドラマ『キャシアン・アンドー』総評:スター・ウォーズの世界を掘り下げ、観客をもメッセンジャーにする傑作

2025/05/25

キャシアン・アンドー レビュー

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結局のところ、『キャシアン・アンドー』は紛れもない傑作である。IMDbのユーザー評価では、5話連続で評価★9.5/10点満点を獲得する史上初のドラマ作品となった。圧倒的な映像、効果的な演出、緻密な脚本、どこをとっても何度も見返し味わいなおしたくなる。だが、それ以上に本作には心に訴えかけるものがあった。観客を動かす力があった。だからこそ本作はドラマ史上に残る歴史的な傑作となったのだ。

前日譚だけでなく世界を掘り下げる

本作は、『EP4/新たなる希望』までを描く『ローグ・ワン』のさらに昔、つまりは「前日譚の前日譚」であるスピンオフドラマだった。『ローグ・ワン』が知られざる英雄の物語だとすると、本作は知られることもなかった歴史に消えた人々の物語であるとも言える。題名はキャシアン・アンドーの名が冠されていたが、その実情は彼を中心とした群像劇で、ただの前日譚ではなく、スター・ウォーズ銀河の人々を掘り下げる新たな試みだった

本作は主に5人の人物を中心に物語が展開された。主人公は後にスカリフの戦いで命を落とすキャシアン・アンドー。彼は『ローグ・ワン』では反乱に命を燃やす戦士だったが、最初から反乱を目指していたのではなく、反乱を背負わざるを得ない知られざる過去を持っていた。そして、反乱同盟軍の創設者でその象徴でもあるモン・モスマ。清廉潔白なイメージの強い彼女だが、世間から見えないところでは家族を犠牲にすることに悩む一人の母であり妻であった。その2人にとってのキーマンとなったのが、反乱同盟軍の首魁であるアクシスことルーセン・レイエル。彼は見ることのない夜明けのために敗北し続けることを受け入れ、反乱の礎に身を捧げる覚悟を決め消えていった人物だった。

彼らを追う帝国側には二人の人物がいた。一人は、ISB(帝国保安局)の監査官であるデドラ・ミーロ。帝国の大義を信じる彼女は、その有能さでたびたび成果を残すも、何度も反乱により苦汁を飲まされていた。だが最後は一人の囚人として終わる。そして、もう一人はデドラに執着するシリル・カーン。キャシアンの行動がきっかけで人生が変わってしまった彼は、デドラと出会い彼女と共鳴し前進するが、ゴーマンの虐殺を招き絶望の中犬死する。

この5人の旅がそれぞれ交差し、複雑な人間ドラマが生まれていく。そして、主役である彼ら以外にも様々な人間の人生が描かれる。命を賭して宣言文を残したカリス・ネミック、自らに道はないことを知りながら皆を逃がすために突き進んだキノ・ロイ、フェリックスを死してなお鼓舞したマーヴァ・アンドー、仲間をかばい逃走中に殺されたブラッソ、反乱へとのめりこんだウィルモン・パーク、反乱のために愛する人の元を去ったビックス・カリーン、危険を冒しながら最後までISBにとどまったロニ・ヤング、すべてを失い「父」と出会ったが最後はその命を自分で奪うしかできなかったクレヤ・マーキ、帝国の敗北を悟り究極の自由を行使して自決したリオ・パータガス・・・。挙げだすときりがないほどの様々な人間模様が登場した。誰もが自分の人生を生き、そして歴史に名を残さずに消えていった

『キャシアン・アンドー』を観た後では、我々が楽しんできたスター・ウォーズも見方が変わる。スピンオフとは何かの物語の前日譚になることが多く、もちろんどの作品にも見方を変える要素はある。だが、本作はいつも以上に見方に影響を与えた。スター・ウォーズ銀河における生々しい生活が存分に描かれたうえで、そこに息づき反乱に関わり、歴史に残らずに消えていった者たちの想いをありありと描き出してくれた。丁寧に歴史の裏側を描いてくれるからこそ、我々が観てきた『EP4/新たなる希望』は反乱の綺麗な部分の上澄みだけを掬った「おとぎ話」に過ぎないのではないか。そんな思いすら駆け巡る。この物語は、ファンである我々の根底を変えるほどの傑作であった。

現代の作品としての政治性


そして、『キャシアン・アンドー』は、非常に政治的な作品である。現代の作品として、現代の政治的・社会的な問題へと向き合ったS1-12では明らかに雨傘革命やジャスミン革命などの近年の市民革命の挫折が描かれていた。そして、シーズン2ではさらにその政治性は加速している。

S2-1~S2-3では、不法移民がテーマの一つとなっていた。惑星フェリックスから逃れたブラッソとビックスは惑星ミーナ・ラウでビザを持たない不法移民となっていた。彼らはミーナ・ラウの人々に受け入れられていたが、帝国の監査に脅かされることになる。帝国軍の男性将校は、ビックスがビザを持っていないと見るや否や彼女に性的関係を強要しようとする。これは、まさにトランプ政権下のアメリカの現状に重なる。この作品が公開されたのは、トランプ政権が不法移民の取り締まりを強化している真っ只中だ。たとえ命からがら逃げだしアメリカに辿り着いたとしても、コミュニティに溶け込んでいたとしても、どんなに善良な人間であったとしても、ビザを持たない人々の生活は脅かされている。このアークでは、ビックスたちに同情すると同時に、この物語が「はるかかなたの銀河」だけの話でないことを意識させる。

そして、S2-9では、モン・モスマが「真実の死」に関する演説をする。これも、トランプ政権の台頭やそれをもたらした現代社会の病巣である「ポスト・トゥルース社会」への言及となっている。トランプ大統領はマスコミの報道を「フェイク・ニュース」だと断じ、自らに都合の良い主張を繰り返し、信じられないような決定を繰り返している。真実が死ねば、残るのはプロパガンダだけであり、権力の暴走を止めることはできない。悲しいことに、今我々もモン・モスマを必要としている。

本作は、果敢にも強い政治性を持ち込んだことで、人々に現実への再考を促す傑作となっている。現実を想起させる描写があるからこそ、我々は自分たちの世界とはるかかなたの銀河を重ね合わせ、考えを巡らせることができる。「スター・ウォーズに政治を持ち込むな」と語る人々もいるが、そもそもジョージ・ルーカスがパルパティーン皇帝をニクソン大統領呼ばわりしていたこともあるぐらい、スター・ウォーズとは現実の政治を反映した作品なのだ。政治と芸術が切っても切れない関係であることを意識した上で勇気をもって切り込んでいったからこそ、本作にはただのフィクションではない力がある。

悪の組織に相対するのは人々の想い

本作には皇帝パルパティーンや暗黒卿ダース・ヴェイダーは登場せず、悪役として暗躍していたのはISB、帝国軍という組織であった。悪の根幹をパルパティーン皇帝という「怪物」ではなく、人々の中に横たわるシステム・規範だと描いたことは本作のリアルさの表れである。システムの中では、感情は必要ない。淡々と命令に従えばいい。自分で正義など考えなくていい。一つの歯車として役割を果たすだけでいい。その最たる例が没個性化を加速させ、表情も見せないストームトルーパーであろう。

その中でも、シリル・カーンやデドラ・ミーロはまだ「顔」が見え、自我のある人物ではあった。それでも彼らは組織によって悲惨な結末を迎える。自分が歯車であることを自覚したシリルは帝国の手から逃げ出しゴーマンの広場へと降り立つ。だがそれは遅かった。彼一人では組織は止められない。デドラは歯車として役割を果たすべくゴーマンで反乱を煽り虐殺に加担するが、最後はその光景に感情を乱される。だが、彼女はこのゴーマンの虐殺で引き金を引く指ではあったものの、そこに私情ははさめなかった。彼女は組織の一人として自分を押し殺すことしかできなかった。組織とは彼らを一つの駒にするだけだ。

その組織に対する概念として本作では、キャシアン・アンドーの「メッセンジャー」が登場する。彼が背負うのはシステムや規範ではない。人々の想いだ。ケナーリ、フェリックス、アルダーニ、ナーキーナ5、ミーナ=ラウ、ゴーマン、そしてルーセン・レイエル・・・。彼はあちこちで任務をこなし様々な人と交流してきた。キャシアンは最初から反乱を目指したわけではない。だが、反乱のために命を燃やし彼に託してきた人々がいるからこそキャシアンは反乱をやめることができなかった。

正義と悪の違いがあるとしたら、ここなのだろう。誰かの想いのために戦うのが正義であり、組織の歯車になり下がるのが悪だと描いているのだ。そのことは、本作『キャシアン・アンドー』が、『ローグ・ワン』における「反乱同盟軍という組織の物語」を破壊したことからもうかがえる。もともと『ローグ・ワン』のキャシアンは、「ストームトルーパーと同じように命令を順守する」ような人物だと描かれていたが、本作の最終アークでは彼が1年以内に10回以上も命令違反を繰り返していると明示され、このジンの指摘はまったく意味をなさなくなった。同じシーンで「6歳のころからこの戦いに参加した」とキャシアンが述べているのも、『キャシアン・アンドー』と合致する描写ではない。つまるところこのシーン全体のキャシアンの話を「方便」として嘘と片付ける演出であるのだろう。わざわざ、『ローグ・ワン』のテーマを押しやってまで、総指揮のトニー・ギルロイが描こうとしたのがこの「メッセンジャー」なのだ。

メッセンジャーとは


キャシアン・アンドーが「メッセンジャー」であるという設定は、彼が人生で出会いそして別れていった多くの人々の想いを受け継ぎ、反乱軍に参加していることを示している。その想いを絶やさないためにビックスはキャシアンを反乱にとどめるべく彼の元を離れる決断までした。だが、そこまでして想いを背負ってきたキャシアンも、『ローグ・ワン』ではデス・スターの攻撃によって死亡する。しかし、我々は知っている。彼が想いをこめ必死に送ったメッセージはレイアによって受け取られ、そして『EP4/新たなる希望』へとつながっていく。彼はメッセージを守るものであり、そしてそれを受け継ぐものである。だからこそ、メッセンジャーなのだ

その前提を踏まえ改めて考えてみると、このメッセンジャーとは特別な人間を指す言葉ではない。歴史の一部として生きる我々だって、先人から少なからぬメッセージを受け継ぎ、そして未来へと何かしらのメッセージをつなぎ、いつかは死ぬ。キャシアンも我々もその流れを構成する普通の一人の人間に過ぎない。だが、それでもキャシアンは主人公となった。彼を主人公たらしめたのは、先述した通り、彼が組織の一つの歯車としてではなく、想いを受け継ごうと硬い意志で行動を続けたからだ。

我々もキャシアンを見習うべきではなかろうか。命を賭けて革命しろとまでは言わないが、我々も正義を少しでも信じるのであればメッセンジャーとして自覚すべきだ。人のために、人の想いのために行動すべきである。本作がスター・ウォーズの世界を掘り下げて歴史の裏側を描き、現代の政治的なテーマを作品として落とし込んでいるからこそ、なおさらそう意識させられる。一般人である我々をも勇気づけメッセンジャーにする作品。それこそが、一介の反乱軍兵士を主人公とした『キャシアン・アンドー』だ。


画像は、「スター・ウォーズ」シリーズ(1977-2025年、ルーカスフィルム)より。ユーザー評価は、記事執筆時点

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ジェイK
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