スター・ウォーズの魅力とは、ルークやダース・ヴェイダーの物語だけではない。1977年公開の『スター・ウォーズ』に登場した宇宙には、強い生活感があった。ミレニアム・ファルコンは汚れ、傷つき、故障する。モス・アイズリーの酒場では主人公たちとは何の関係もない客が酒を飲み、映画の中では説明されない戦争や惑星の名前も当然のように現れる。そこには、カメラが向いていない場所でも誰かが働き、商売し、暮らしている感覚があった。ジョージ・ルーカス自身、未来を描く作品が新品で清潔なものばかりになることを嫌い、現実に使い込まれたような「used future」の感覚を求めていた[1]。
スター・ウォーズは一本の映画でありながら、その物語の外側にさらに大きな世界が存在すると想像させる作品だった。1987年、スター・ツアーズは、その銀河をスクリーンの向こうから現実の空間へ引き出した。スター・ウォーズの世界を「見る」だけではなく、その中に自分が存在していると感じさせるアトラクションだった。
しかも、その体験は1987年の一度きりでは終わらなかった。スター・ウォーズそのものが映画、ドラマ、アニメへと広がるにつれ、スター・ツアーズも行き先や登場人物を増やし続けた。そしてファンもまた、ただ乗客としてそれを受け取っただけではない。何度も乗り、背景を探し、違いを比較し、失われる体験を記録し、ときには公式のスター・ウォーズを作る側にまで加わっている。
本稿では、スター・ツアーズがどのように生まれ、いかにスター・ウォーズの拡大とともに変化してきたのかをたどる。そして約40年にわたって、ファンがこのアトラクションをどのように「体験」し、そこへどう参加してきたのかを考えてみたい。
物語の外を体験させるスター・ツアーズ
一方のディズニーも1980年代、パークをより魅力的な場所にするため、新しい物語を求めていた。イマジニアのトニー・バクスターは、『ブラックホール』など当時のディズニー映画が十分な人気を得られていないことを問題視し、スティーヴン・スピルバーグやルーカスのような外部のクリエイターと組む必要があるとディズニー上層部へ訴えた。やがてディズニーとルーカスフィルムの協力関係が生まれ、同じ時期にはルーカスが『キャプテンEO』にも参加するなかで、スター・ウォーズをテーマパークへ持ち込む構想が進んでいった。
難しかったのは、映画として作られたスター・ウォーズを、どうテーマパークの体験へ変換するかだった。初期案の一つは、ゲストが途中で進路を選べる複雑なローラーコースターだった。しかし分岐を増やせば施設が巨大になり、すぐには実現できない。そんな中、イマジニアのランディ・ブライトが英国で、民間航空のパイロットや軍の訓練に使われていたRediffusionのフライトシミュレーターを視察する。映像と動きを組み合わせるその技術を試したイマジニアたちは、これならゲストをスター・ウォーズの中へ入れられると考えた。
当時のルーカスフィルム公式ファンクラブ誌『Bantha Tracks』#35で、バクスターはこの試みを、スター・ウォーズという「想像力豊かな神話を三次元へ拡張すること」と表現している。スクリーンの中で宇宙船が急降下するのを見るのではなく、自分の座席そのものが動く。ハイパースペースへ飛び込めば、その加速を身体で感じる。観客自身をスター・ウォーズの銀河へ飛び込ませるための技術だった。
問題は、その銀河でゲストに何をさせるかだった。戦闘へ向かうための軍事訓練を受ける案や、乗っているうちに観客自身がルークだと分かる案も検討された。しかし最終的に選ばれたのが、イマジニア側が考えた銀河の旅行会社だった。当初は「Cosmic Winds」と呼ばれたこの案について、ルーカスもより「ディズニーランドらしい」と考えたという。
こうしてスター・ツアーズのゲストは、英雄ではなく、宇宙旅行会社を利用する一人の乗客になった。現実の旅行と同じように宇宙港へ向かい、搭乗口で待ち、荷物をしまい、シートベルトを締めて目的地へ向かう。ゲストを一人の旅行客にしたことで、スター・ツアーズは主人公たちの物語だけでなく、その周囲に広がる銀河そのものを体験の対象にできた。
ただし、スター・ツアーズは銀河を旅するだけのアトラクションにもならなかった。ライド映像をめぐって、イマジニア側は『新たなる希望』のデス・スターへの攻撃を思わせるトレンチランを盛り込むことを望んだ。一方、映像を制作するILM側には、映画で一度作ったものと似た場面を再び作ることへの抵抗があった。バクスターは、スター・ウォーズ銀河へ来たゲストにとって、映画で夢見た瞬間を自分自身で体験することには意味があると主張した。意見が割れるなか、ルーカスもその考えを支持し、トレンチランはスター・ツアーズの大きな見せ場となった。
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| 1987年のオープン式典🔗 |
映画の背景を歩き、銀河の一員になる
ここで描かれた「その後」は、ルークたちの新たな冒険ではない。反乱軍と帝国軍が激突したエンドアは、今度は一般の旅行客が訪れる旅行先になる。戦争を生き抜いたC-3POとR2-D2も、スター・ツアーズ社で働いている。英雄たちの勝利で映画が終わっても、その後には人々の生活が続いている。スター・ツアーズは、スター・ウォーズの歴史の続きを日常の側から見せた。
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| 1989年東京オープン時の広告 |
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| 1987年のライドの様子🔗 |
『アドベンチャーズ・コンティニュー』の選択
制作側にも別の旅を追加する構想はあったが、その更新はなかなか実現しなかった。理由の一つは、皮肉にも初代スター・ツアーズが成功し続けていたことだった。新しいスター・ウォーズ映画が長く作られなかったことや、ディズニー側にも別の優先事項があったことが重なり、好調なアトラクションを更新する優先度は高くならなかった。「変えられる」ように作られながら、新作映画の不在やディズニー側の優先順位、そして初代自身の成功によって、同じエンドア旅行は20年以上続くことになった。
状況を変えたのは、スター・ウォーズそのものの復活だった。1999年に『ファントム・メナス』が公開されると、ポッドレースを中心とする新しいスター・ツアーズが実際に検討され、ジョージ・ルーカスとともに新版の構想まで作られていたという。しかし制作陣は、続くエピソード2、さらにエピソード3には何が登場するのかを見極めようと更新を待った。新作が作られるたびに、アトラクションで体験してみたい場所は増えていった。
そこで発想そのものが変わった。なぜ、一つだけを選ばなければならないのか。
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| 『アドベンチャーズ・コンティニュー』のポスター |
『アドベンチャーズ・コンティニュー』も徐々に世界へ広がった。2011年5月にフロリダ、6月にカリフォルニアで開業し、東京は2013年5月、パリは2017年3月にリニューアルされた。新版が4つのパークへ行き渡るまでには約6年を要し、その間、2016年にパリの初代が運行を終えるまでの約5年間は、世界の別々の場所に旧版と新版が共存していた。
この切り替えの背景には、テーマパークを訪れるゲストの変化もあった。年間パスポートを持ち、同じパークへ何度も訪れるゲストが増えるなか、フィッツジェラルドは、アトラクションをできるだけ「surprising」なものに保つ必要があったと振り返っている。一本の映像なら何度も乗れば展開を覚えてしまう。しかし次にどの惑星へ行くのか分からなければ、繰り返し乗ること自体に新しい意味が生まれる。
ジョージ・ルーカスも新版の物語作りに深く関わった。当初は新しいパイロット・ドロイド「ACE-38」が考案されていたが、ルーカスはもっと神経質でコミカルなパイロットを求めた。そこで制作陣がたどり着いたのがC-3POだった。本来パイロットではないC-3POが偶然操縦席に取り残され、そのままスタースピーダーが出発してしまう。さらにルーカスが考えたのが、乗客の一人を「反乱軍のスパイ」にする仕掛けだった。実際に乗っているゲストの顔がモニターに映し出され、スター・ウォーズの登場人物から名指しされる。ルーカスはゲストへ水をかける演出まで提案し、画面から飛んでくるスパナについても、もっと大きくするよう求めたという。スクリーンの中で起きていることを、できるだけ客席側へ近づけようとしていた。
レックスも姿を消したわけではない。RX-24は新しいキューラインで、故障した旧型ドロイドとして工場へ送り返される姿を見せていた。そして後にはテーマランド『Star Wars: Galaxy's Edge』で、DJ R-3Xとして復活する。かつてスタースピーダー3000を操縦したドロイドが、その後の人生を銀河の中で歩んでいることになった。古くなった設定を捨てるのではなく、それ自体を銀河の過去へ変えてしまうのも、スター・ウォーズらしい広がり方だった。
ただ、初代と新版では体験の重心が少し違う。新版にも当初は、『シスの復讐』と『新たなる希望』の間という大まかな時代設定が置かれていた。しかし実際のアトラクションでは、ホスへ行けばAT-ATとスノースピーダーが戦う「ホスの戦い」を体験し、タトゥイーンではポッドレースへ巻き込まれる。制作側もホスの時系列上の矛盾を認識しており、当初は戦闘そのものを避ける案もあったが、最終的にはゲストに映画で見た「ホスの戦い」を別の視点から体験させることが優先された[4]。
ルーカス自身も、スター・ツアーズを「Greatest Hits Attraction」と呼んだことがある[5]。 一つの時代に厳密に収まること以上に、スター・ウォーズを代表する場所や出来事を身体で体験する。その発想は、新版の方向性をよく表している。
初代のように、一つの時代を旅行している感覚は薄くなった。その代わり、スター・ツアーズは、スター・ウォーズがこれからどこまで広がっても受け入れられる器を手に入れた。フィッツジェラルド自身、将来スター・ウォーズがどこへ進んでも新しい内容を追加できるよう、システムは更新可能なものとして設計されていると語っている[3]。
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| 『アドベンチャーズ・コンティニュー』2024年追加コンテンツ |
2011年のリニューアル以降も、スター・ツアーズは新しいスター・ウォーズを取り込みながら変化を続けている。
乗る、探す、記録するファン文化
新版の制作には、スター・ウォーズのコスチュームを制作して活動してきた501st LegionやRebel Legionのメンバーが参加した[6]。キューラインでは、大きな窓の向こうをストームトルーパーや帝国軍人、一般市民が行き交う。その撮影には501st LegionのSouthern California Garrisonが協力し、メンバーたちが宇宙港を歩くストームトルーパーなどを演じた。一方、Rebel Legionのメンバーはライド本編にも参加し、ホスではスノースピーダー・パイロットとして登場している。映画の背景にいる人物を自分たちの手で再現してきたファンが、今度は公式のスター・ウォーズの背景へ入ったのである。キューラインでは銀河を行き交う名もない住人となり、ライドでは映画さながらの戦いに参加する。スター・ツアーズがゲストに与えてきた二つの体験を、ファン自身が制作する側から体現することになった。こうしたファンと公式の交差は、スター・ツアーズだけに見られるものではない。カスタムライトセーバー文化でも、ファンが蓄積してきた技術や制作物が公式のスター・ウォーズへ持ち込まれてきた。本サイトでは、その歴史についても別の記事で詳しく取り上げている。
もちろん、このように公式制作へ参加できるファンはごく一部である。しかし、スター・ツアーズへ能動的に関わる方法はそれだけではない。多くのファンは、この世界を見つめ、調べ、記録することでスター・ツアーズに関わってきた。その文化は、『アドベンチャーズ・コンティニュー』以前から存在していた。
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| EndorExpress.net 🔗 |
その後サイトには、スター・ツアーズの写真や音声、資料、制作関係者へのインタビューが蓄積されていった。スタッフのKit Molaisonは、2000年にスター・ツアーズへ乗ったあと、もう一度体験したくてもYouTubeさえ存在しなかったため、手元の音声やスクリーンショット、自分の記憶を頼りにライド全体をFlashアニメーションで再現している。映画なら、もう一度再生すればいい。しかしテーマパークの体験は、その場所へ行かなければ同じようには再生できない。しかもスター・ツアーズは更新される。
『アドベンチャーズ・コンティニュー』が登場すると、1987年から続いた初代スター・ツアーズは各地で姿を消していった。2010年、フロリダで初代の運行が終了する際には、Star Wars Celebration Vに合わせて「Last Tour to Endor」という送別イベントも開催された[8]。2016年には、世界で最後まで初代を運行していたディズニーランド・パリも終了し、EndorExpressのスタッフは現地を訪れ、キューラインから搭乗、ライドまでを記録した。同サイトの現地レポートによれば、最後の夜にはレックスが「おそらく皆さんにとって最後のフライト……私にとっても」という趣旨を告げる特別なアナウンスも流されたという[9]。テーマパークでは、改装されれば以前そこにあった空間そのものがなくなる。初代スター・ツアーズには、『ジェダイの帰還』直後という明確な時代設定があり、その一つの時代を旅する体験は、現在では実際に乗ることはできない。だから写真、動画、音声、ウェブサイト、ガイドといったファンの記録が、失われたスター・ツアーズを後から知るための資料になっていった。
『アドベンチャーズ・コンティニュー』では、記録には別の意味も加わった。物語がランダム化されたことで、一度の乗車では全体を見ることができない。出発時に誰と遭遇するのか、どの惑星へ向かうのか、誰から通信が入るのか、最後にどこへたどり着くのか。そのたびに違う。さらに、一見同じシーンにも細かな差がある。
日本で制作され、筆者も設定監修で一部参加した同人誌『スター・ツアーズ・クロニクル』では、出発時のアナウンスやC-3POのセリフ、画面の奥に映る機体などからパターンを判別し、それぞれの違いを記録している。「ホスが出た」「ダース・ヴェイダーが出た」だけではなく、一見同じに見える場面の中にまで差異を探していく。英語圏でも、よく似た行為が生まれている。ファン制作の「Star Tours Destinations Guide」は、各シーンのバリエーションを独自に分類し、印刷版には体験した場面をチェックする欄と「Flight Log」まで用意している。いつ乗り、どの組み合わせを体験したのかを、自分の旅行履歴として記録するためのものだ。離れた場所のファンが同じアトラクションを前にして、探し、比較し、分類し、記録するという似た行動へたどり着いている。
一度では全体を見ることのできないスター・ツアーズでは、乗車そのものが一種の情報収集になる。まだ見ていない場面を探し、前回との違いを確認し、誰かの体験と比較する。初代では失われていく一つの体験を「保存する」意味が大きかったのに対し、新版では膨大な組み合わせを「集め、整理する」ことも加わった。
さらに複雑なのが、スター・ツアーズそのものを銀河のどこに位置づけるのかという問題だった。初代にも設定上の曖昧さはあったが、少なくとも制作時には『ジェダイの帰還』直後という軸があり、一つの時代を生きる旅行会社として作られていた。新版にも当初は『シスの復讐』と『新たなる希望』の間という時代設定が置かれたが、実際にはホスの戦いとポッドレースを同じアトラクションへ取り込み、その後もシークエルや『マンダロリアン』、『アソーカ』など、異なる時代のスター・ウォーズを加え続けた。
さらに2014年には、スター・ウォーズ全体でそれまでの設定群を「レジェンズ」とする再編も行われた。これはいつの出来事なのか。どこまでを正史として考えられるのか。旧版と新版はどうつながるのか。同じアトラクションに存在する異なる時代を、どう整理すればいいのか。スター・ツアーズは、その答えを一つに決めてくれない。だからファンは、公式が提示した断片を拾い、自分たちで並べ、どの時代の何が、どのバージョンに存在したのかを記録し、その位置づけまで考える。それもまた、スター・ツアーズへの参加の一つと言えるのではないだろうか。
スタースピーダーに乗って身体で感じることだけが「参加」ではない。宇宙港の背景を覗き、まだ見ていないシーンを探し、失われる体験を保存し、断片化した設定を整理し、それが銀河のどこに位置するのかを考える。さらにファンは、スター・ツアーズそのものを題材にした作品を作り、スタースピーダー3000を再現し、ときには501st LegionやRebel Legionの活動を通じて公式制作へ戻っていく。スター・ツアーズをめぐって生まれたのは、完成したアトラクションをただ受け取るだけの文化ではなかった。
スター・ツアーズが銀河を広げるほど、ファンはその中へ入り、探し、記録し、解釈する。そして時には、自らその世界を作る側にも回る。銀河の背景を覗き、その細部を記録してきたファンは、やがてその世界を残し、作り、さらには自らその背景の一部にもなっていった。
おわりに 銀河への入口は、今も開いている
それでも、スター・ツアーズが過去のものになったわけではない。新しい映画やドラマから人物や惑星を取り込みながら、約40年前にルーカスが語った「reprogrammable」という構想を今も実現し続けている。2025年には東京版にも『アソーカ』、『キャシアン・アンドー』、『マンダロリアン』の新要素が加わった。『Galaxy's Edge』のない日本では、東京ディズニーランドのスター・ツアーズは今も、スター・ウォーズの銀河へ身体ごと入ることのできる入口であり続けている。
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| 2026年4月のイベントの様子🔗 |
参考文献・資料
・1987年『Star Tours Video Press Kit』、Walt Disney Productions / Lucasfilm
・1987年『Bantha Tracks』#35、Official Star Wars Fan Club
・1989年『Complete Guide to Star Tours』、東京ディズニーランド
・2008年『Star Wars Insider』#104
・2011年『Star Wars Insider』#127
・2021年『ディズニーパークの裏側』シーズン1第3話「Star Tours」、Disney+
・2024年『Star Tours Destinations Guide』v1.3、https://startours.themeparkgaming.com/
・2025年『スター・ツアーズ・クロニクル』、銀河旅行通信
[1]1977年『American Cinematographer』
[2]2011年『Disney Files Magazine Summer 2011』
[3]2011年「Tom Fitzgerald: Creative Director」、https://www.endorexpress.net/star-wars-adventures/star-tours-2/creating-star-tours-2/2011/06/exclusive-interview-with-tom-fitzgerald/
[4]2012年「Glen McIntosh: Animation Director」、https://www.endorexpress.net/star-wars-adventures/star-tours-2/creating-star-tours-2/2012/11/glen-mcintosh-animating-star-tours/
[5]2024年「Behind the Scenes of the Latest Star Tours - The Adventures Continue Update」、https://www.starwars.com/news/star-tours
[6]2014年「How the 501st and Rebel Legions Became Part of Star Tours」、https://www.starwars.com/news/how-the-501st-and-rebel-legions-became-part-of-star-tours
[7]「EndorExpress About」、https://www.endorexpress.net/about-us/
[8]2010年「Last Tour to Endor!!」https://www.endorexpress.net/star-wars-adventures/star-tours/2010/05/last-tour-to-endor/
[9]2016年「Final boarding call for the Endor Express」、https://www.endorexpress.net/star-wars-adventures/star-tours/riding-star-tours/2016/03/final-boarding-call-for-the-endor-express/
サムネイル https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tokyo_Disneyland_Star_Tours_The_Adventures_Continue_(53441952293).jpg




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