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| 夜明けのガンマンさんご提供、AOTCアナキン |
ライトセーバーに取り憑かれたファンは映画を繰り返し見て、写真を調べ、部品を探しはじめる。そして数十年後には「あの一本」を極めて高い精度で再現できるようになった。さらに今度は、ファン向けに作られたGraflexレプリカがスター・ウォーズ映画の撮影用ライトセーバーに使われたとされる。公式を再現しようとしたファン文化の成果が、今度は公式制作の側でも使われるようになった。
この半世紀近くの歴史のなかで何が起きたのか。なぜ映画の小道具を真似ることから、一つの巨大なファン文化が生まれ、公式にすら影響を与えるようになったのか。この記事では、長大な歴史から象徴的な出来事を拾いながら、ファンがスター・ウォーズをどのように受け取り、作り直し、共有し、一つの文化へ育ててきたのかを追っていく。
第1部:受け取って、再現する
1977年 スクリーンの中のものを、自分の手で作る
映画の公開と同時に多くの人がライトセーバーに憧憬を抱き、登場人物と同じように銀河を冒険することを夢見た。公開後の早い時期から、キャラクターになりきるための公式商品は存在した。しかし、それは「映画と同じものを持つ」、「自分がその世界へ入る」体験を完全に提供するものではなかった。
公開当時13歳で後にプロップ制作者となるBob BeaDon Post製ダース・ヴェイダーのヘルメットを雑誌通販で購入した[1]。しかし手に入れたのはあくまでもヘルメットだけ。彼は残りの衣装と、掃除機の部品を使ってライトセーバーを作った。この例が示すように、公式商品だけでは足りない部分をファン自身の工作で補い、スター・ウォーズの世界を現実に再現しようとする試みは、公開直後からすでに確認できる。
1980年代 初期の人・物・情報のつながり
スター・ウォーズに突き動かされた人はさらに多く存在した。ディズニーランドで働いていたJohn Marcoもそのうちの一人だ。MarcoはSFプロップレプリカを作る会社Marco Enterprisesを創業し、R2-D2やC-3PO、スター・ウォーズの衣装などを自ら制作し通販事業を行っていた[2]。1980年代には雑誌Starlogへの広告掲載もはじめ[3]、1987年のスター・ウォーズ公開10周年イベント「Starlog Salutes Star Wars」では、Marco Enterprises製ルーク・ライトセーバーを身につけていたファンがいたとの証言もある[4]。80年代には既に「ファンが自分で作る」だけにとどまらず、「誰かが作ったスター・ウォーズのレプリカを、別のファンが買う」という文化があった。
これらと同時並行して、草の根的なプロップの研究も進んでいった。1982~83年には、Alan Stacyとその仲間たちがヴェイダー、ロイヤル・ガード、チューバッカ、ベスピンのルークなど、多数の衣装やプロップを制作していた[5]。その写真群をStacyは後年RPFで公開している。Stacyによれば、情報が限られている中、手に入る写真を徹底的に調べ、ビデオを一時停止し、仲間と何度も議論しながら、これらの衣装やプロップを作り上げていったという。制作はStacy一人で完結していたわけでもない。たとえば1983年の反乱軍パイロット衣装では、Paul Robertsが銃や革製品を担当し、Bob KlemのコレクションにあったMarco Enterprises製のヘルメットとチェストパックも利用された。人それぞれの技術やコレクション、既製のレプリカを組み合わせていたのである。80年代にも、ファンは孤立して制作していたわけではなく、写真、映像、仲間の技術、既製レプリカを持ち寄りながらスター・ウォーズを再現するコミュニティが存在した。
1980年代後半 「本物」を探す――Graflexと知識の共有
1980年代までに「スター・ウォーズのプロップを自分で再現する」、「他人が作ったレプリカを買う」という文化は存在していた。しかし、映画と同じ物を求めれば求めるほど、そもそも映画のプロップが何から作られているのかを知る必要があった。
『新たなる希望』で使用されたライトセーバーの多くは、カメラ用フラッシュなど既製品や工業部品を利用して作られていた。ルークのライトセーバーのベースになったのが、Graflex 3-cellフラッシュである[6]。しかし、映画を見ただけでは、多くのファンはそれが何なのか見当もつかない。現在のように高解像度の画像や詳細なプロップ資料へ容易にアクセスすることも、ましてやインターネットで検索することもできなかった。劇中のあのライトセーバーを持ちたいと願う一部の人々にとってライトセーバーの制作は単なる工作ではなく、次第にプロップ研究を必要とするようになっていった。
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| Fantastic Films誌 |
では、Graflexだという知識はいつ、誰によって知られたのか。最初にそれを見抜いた人物までは現在の資料から特定できない。ただし、その知識自体はかなり早くから存在していた。1978年8月の『Fantastic Films』誌はすでに、ルークのライトセーバーを「改造されたGraflexのフラッシュガン」と紹介している[11]。しかし、「情報が存在すること」と「必要な人へ容易に届くこと」は別だった。インターネット以前、プロップに関する情報は雑誌、コンベンション、個人的な交流などに分散していた。
カスタムライトセーバーの長年のファンであるOB10の証言によると、1987年の10周年イベント「Starlog Salutes Star Wars」では、Graflexを使ったと思われるかなり本物に近い自作セーバーを持つファンがすでにいたという[4]。回想では、その作り手に元パーツを尋ねても答えてもらえず、別の参加者からようやくGraflexの名を教えられたと語っている。当時は「あれが何なのかを知っていること」にも価値があり、Graflexという情報が誰でも容易に手に入るものではなかったことがうかがえる。
しかし1993年、Shane Johnson著『The Official Star Wars Technical Journal』第1巻がStarlog Communicationsから刊行され、流れは変わり始める[7]。Johnsonは映画や関連資料を広く調査し、ライトセーバーを含む装備や乗り物について写真や詳細な図面を掲載した。現在のプロップ研究から見れば誤りも含んでいた[8]が、再現に使える情報が、人づてだけではなく、誰でも購入して参照できる資料として流通するようになったことに大きな意味があった。こうした資料はただ知識を得るためだけのものではなく、後年のファンには『Technical Journal』の図面を工作室へ持ち込み、そのままセーバー制作の参考にした者もいる[8]。
1990年代 再現のその先へ
そして再現技術と知識が蓄積すると、次第に流れは「存在するプロップを正しく作る」だけではなくなる。何がスター・ウォーズらしいライトセーバーを作っているのか試行錯誤してきた経験が蓄積されると、ファンはやがて映画に存在する一本だけでなく、まだ存在していない一本まで想像できるようになる。
1990年代初頭、プロップや模型のコレクターだったEd Maggianiは、ライトセーバーを再現するためにカメラ用フラッシュを集めていた[6]。その箱の中に小型のPraco製フラッシュがあり、Maggianiは友人Steve Dymszoに冗談半分で「ヨーダのライトセーバーだ」と話した。そこから二人は、本当にヨーダ用の一本を作ってみることにした。Dymszoはコルベットやランボルギーニの模型部品などを組み合わせて形にしていき、当時まだ映像には存在しなかったヨーダの一本を組み上げた。
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| Episode I Visual Dictionary |
これはあくまでも遊びの一環であったが、偶然作られた一本は、遊びだけには留まらなかった。Ed Maggianiと交流があり、後にルーカスフィルムの関連書籍の執筆も手がけるDavid West Reynoldsの目に留まることになる。Reynoldsはこの一本を『Episode I Visual Dictionary』で使用したいと依頼し、1999年の同書には「ヨーダのライトセーバー」として掲載された。Maggianiによれば、本書に掲載されたこのセーバーは、後に『クローンの攻撃』以降の映画版を制作する際のガイドにも使われた[9]。
MaggianiとDymszoのライトセーバーがLucasfilm公式と接続したのは偶然だった。しかしやがてファンが意図的に「設定の空白」を埋め、そのデザインが公式ライセンス作品へ使われる例も出てくる。ライトセーバーのサイトを運営していたファンのLUUKEは、プリクエル期に登場した、固有のライトセーバーのビジュアルがまだ固まっていないジェダイたちのために独自のヒルトをデザインしていた[10]。そして、本人によればイーヴン・ピールのものを含む複数のデザインは、Jan Duursemaとの合意のもとDark Horseのコミックでも使用されたという。わずかではあるが、確かにカスタムライトセーバーが公式に近しくなる事例も確かに存在した。
まとめ
確認できる最も古い事例の一つでは、1977年の公開直後にはすでに足りない物を自分で作るファンがいた。80年代には人や商品がつながり、90年代には再現のための知識そのものが共有され、やがて一部のファンは映画のその先にあるまだ存在しない一本まで作るようになる。こうして、自分で作るだけだったところから、レプリカを売買する人、プロップを研究する人、まだ存在しない一本を考える人まで現れていった。ただし、この時点でライトセーバー制作はまだかなりの知識と技術を必要とするもので、多くのファンにとっては縁遠い文化であった。
しかし2000年代に入ると、この状況を大きく変える条件が揃い始める。世界中のファンがインターネットでつながり、ライトセーバー専用の部品や電子技術が生まれ、作り方そのものの知識も体系化されていく。個々のファンによる再現の試みは、ここから一つの独立した文化へ成長していく。
第2部:ファン文化としての成熟
2-1:2000年代初頭 「光って振れるライトセーバー」へ
1990年代後半には、ライトセーバーを再現するための市場も大きくなり始めていた。1996年にはICONSがLucasfilmの正式ライセンスを受け、ルークのライトセーバーを高級プロップレプリカとして商品化した[18]。光や音は出ない観賞用だったが、映画の小道具そのものを再現したライトセーバーが、正式な商品として販売されるようになった。
一方、ファン側のレプリカ制作もインターネットと共に発展した。1990年代末から2000年代初頭にはLarbelなどの製作者が映画に登場したライトセーバーのレプリカを販売し、2001年頃にはGraflexそのもののレプリカも作られていた[19]。映画で使われた実物部品を探すだけでなく、その元パーツ自体をファン向けに複製し、組み合わせて一本を作る市場が形成され始めていた。
しかし、ライトセーバーの魅力を構成するのは銀色のヒルトだけではない。起動すれば光る刃が伸び、振れば音が鳴る。その体験まで再現しようとする試みが、技術の発展と共に2000年前後から本格化していく。1990年代末には、光るライトセーバーを作る試みがなされた[20]。ネオン/プラズマ管をブレードとして発光させるセーバーが作られたのだ。しかし、非常に均一で明るく光った一方、ガラス管を使用するため衝撃に弱く、実際に振り回したり打ち合わせたりする用途には向かなかった。
光って振れるライトセーバーを現実的にしたものの一つはEL技術だった。ELは、発光するワイヤーやシートをブレード内部に通すことで、細長いブレード全体を比較的均一に光らせることを可能にした。これをLighttech IndustriesやParks Sabersなどの業者が実用化・販売し、ELとポリカーボネート等を組み合わせることで実際に振ることのできる光るライトセーバーが実現した[1]。
2002年には、公式ライセンス商品側でも大きな変化が起こる。公式商品として光と音を備えたライトセーバー、Master ReplicasのForce FXが登場した[2]。EL技術も使用しモーション検知まで内蔵したこの商品は、公式商品として、それまで以上に映画の中の実際のライトセーバーに近い出来栄えだった。工作のできないファンでも「完成品」を手に取れるようになり、この商品は高い人気を獲得した。
このForce FXはカスタム文化と必ずしも対立するような物ではなかった。2000年代半ばにはForce FXの修理や改造について情報交換するコミュニティも生まれ、公式の「完成品」そのものがカスタムの対象にもなっていった[3]。
2003年頃には、ファンの間でLuxeonなどの高出力LEDをライトセーバーへ応用する実験が進み始める[4]。光源をヒルト側に置くことで、ブレード内部に発光体や配線を通す必要がなくなり、明るさや交換性、耐久性を高める方向へ発展した。映画の制作陣がGraflexでカメラ用フラッシュをライトセーバーにしたように、ファンはLuxeonなどの一般電子部品をライトセーバーに活用した。
2-2:2000年代 インターネットによる加速
2000年代の技術はファンコミュニティにも大きな変化をもたらした。インターネットの発展により、遠隔地でもつながる環境を手に入れる人が増え、コミュニティのつながりはますます強化されるようになった。写真や配線図、成功例、そして失敗例までもがアメリカ国内のみならず世界中のファンに共有できるようになった。
日本でも1999年にはライトセーバー専門サイト「LIGHTSABER.DAT」が開設された[21]。当時の参加者によれば、映画プロップ全般を扱う英語の掲示板RPFで得られたプロップ研究の情報を日本語圏へ持ち帰り、掲示板で検討・共有していたという。インターネットによって、それまで対面や個人的な交流に依存していた知識は、国境を越えて別のコミュニティへ運ばれ、そこでさらに研究されるようになった。
これに伴い、作るための環境にも変化が訪れる。2005年にはライトセーバーの部品を販売するThe Custom Saber Shop(TCSS)がインターネット上でオープンした[5]。それまでの自作ライトセーバーでは、ホームセンターや中古市場から「ライトセーバーになりそうな物」を探す必要があったが、TCSSの「Modular Hilt System(MHS)」はその流れを覆した。TCSSは最初からライトセーバーを作るために設計された部品を販売し、購入者は組み合わせることでライトセーバーを設計できるようになった。
さらに専門の電子回路を設計する人が現れる。フランスの電子技術者Emmanuel Fléty、通称Erv Plecterはライトセーバーを趣味で制作する中で電子技術の専門家がまだ少ないことに気づき、自らの知識をコミュニティへ持ち込んでいく[6]。2005年にはライトセーバー専用のサウンド基板Crystal Focusの原型を設計し、その後、発光やサウンド、モーション制御などを統合するシステムへ改良を重ねていった。ヒルト、ブレード、電子機器のそれぞれで専用品が揃い始め、ライトセーバーを作るための環境そのものが形になりつつあった。
専用部品や電子技術と並行して、それらの使い方を共有する場も増えていった。映画プロップ全般を扱うRPFに加え、2005年頃にはForce FXの修理や改造について話し合う小規模なFX Sabersのコミュニティが登場し、2000年代後半にはライトセーバー専門のフォーラムとして成長していった[3]。TCSSにも専用フォーラムが作られ、LEDの配線、バッテリー、サウンドボード、ヒルト加工から初心者向けの制作方法まで大量の情報が蓄積されていった[7]。
このコミュニティの中では、映画プロップを再現する以上に、ライトセーバーそのものを作ることを専門とする人々も目立つようになった[3]。そのような作り手たちは「Sabersmith(セーバースミス)」と呼ばれ、金属加工、電子工作、塗装、内部設計など複数の技術を組み合わせ、依頼者のために一点物のライトセーバーを制作するようになる。2000年代後半には、修理、改造、電子技術、オリジナルデザインについて専門的に語り合う人々が集まり、「ライトセーバーを作ること」自体を趣味とするコミュニティが成立しつつあった。
2-3:2000年代 映画に映らない部分へ
一方で、ファンが作り上げるライトセーバーは、当時の公式設定と切り離されて発展したわけではない。1998年の『Star Wars: The Visual Dictionary』では、ライトセーバーの断面図が掲載され、映画では見えないクリスタルや内部機構が視覚化された。2000年代に入ると、セーバースミスたちはこのイメージを実物のヒルトの内部へ落とし込んでいく。公式資料が図解として示した世界を今度はファンが現実に動く物として作るようになる。
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| Master Yodaの作品🔗 |
その象徴の一人が、FX-Sabersで「Master Yoda」と名乗ったMichael Murphyだった[3]。2005年にカスタムライトセーバーの世界へ入ったMurphyは、ビンテージのGraflexの中に発光やサウンドの電子機器を収めるため、ラジコン制作の経験を応用して内部シャーシを設計した。そして『The Visual Dictionary』のライトセーバー断面図を参考に、ヒルト内部でクリスタルが光るクリスタル・チャンバーまで組み込んだGraflexを制作する。Graflexの外側を再現するだけでなく、映画では見ることのできなかった内部の世界を作り込むところまでファン文化は進んでいった。Murphyの初期の一品は3,900ドルで落札され、その後クリスタル・チャンバーは高級なカスタムセーバーを象徴する表現の一つになっていく[3]。
同じ時期、カスタムライトセーバーは映画のプロップの正確な複製だけを意味するものでもなくなっていった。TCSSの販売するモジュラー部品や専門業者の加工技術を利用すれば、映画には存在しないエミッターやグリップ、ポメルを組み合わせ、仕上げやウェザリングまで含めて、自分だけのデザインを比較的容易に作れる。「劇中の一本をどこまで正確に再現できるか」と「自分がジェダイならどんな一本を持つか」という二つの方向が、同じ文化の中で並存するようになった。
さらに発光技術やブレードの耐久性が向上したことで、ライトセーバーの用途も広がっていった。ポリカーボネート製のブレードを装着したセーバーは、飾って眺めるだけではなく、実際に振り、相手のブレードとチャンバラのように打ち合うことができた。スター・ウォーズを身体で体験する道具にもなり、並行して2000年代半ばにはこうしたライトセーバーを実際に使うことを中心としたコミュニティも現れる。
2005年、ニューヨークではNY Jediが活動を始め、武術や舞台殺陣を取り入れたライトセーバー・パフォーマンスを展開した[8]。翌2006年にはカリフォルニアでSaber Guildが始まり、劇中に忠実な衣装とライトセーバーによる殺陣をチャリティーやイベントで披露する団体へ成長する[9]。同じ2006年、イタリアではLudoSportがライトセーバーを競技用の武器として扱い、独自のルールや技法を備えたスポーツとして体系化を始めた[10]。三者の目的や方向性は異なるが、「ライトセーバーを持つ」だけでは終わらなかった点は共通している。ライトセーバーで戦うという遊びは、2000年代には訓練、技法、組織、ルールを持つ活動へ発展していた。
2-4:2000年代後半 趣味の市場の急成長
カスタムセーバーの文化は裾野を広げ、作り手と買い手は増加していった。しかし市場として成長したことは、公式との軋轢も生んだ。2006年11月、Lucasfilmはライトセーバーのレプリカやキットを無許諾で販売していたHigh-Tech MagicとWilliam Osburnを商標侵害などで提訴した[11]。Lucas Licensingの当時の社長Howard Roffmanは、HasbroやMaster Replicasなどの正規ライセンシーとファンを守るためにも、無許諾の商品販売を止める必要があると主張した。Lucas Licensing側は、個人が自分用に衣装・プロップを作ることと、無許諾の商品を営利販売することを区別していた[12]。翌2007年には和解が成立し、High-Tech Magic側は25万ドルを支払い、問題となったライトセーバーの販売を停止することになった[13]。カスタムライトセーバーの商業販売が広がるにつれ、ファン活動とスター・ウォーズの知的財産権との境界が現実的な問題として表面化した。
High-Tech Magicをめぐる問題は、カスタムセーバーのコミュニティにも無関係ではなかった。2007年前後のFX-Sabersでは、他のカスタムメーカーはどうなるのか、既存の映画デザインを再現する場合とオリジナルのヒルトでは何が違うのか、公式商品を改造して販売する場合はどうなのか、といった議論が交わされた[14]。Lucasfilmとファン文化が即座に敵対関係になったわけではないが、公式と商業化したファン活動の間には越えてはいけない線が確かに存在することが意識された。
そうした公式との境界線は意識されつつも、2000年代半ばから2010年代初頭にかけて、カスタムセーバーの制作自体を仕事にする人々も現れた。UltraSabers、Vader's Vault、SaberForgeなどライトセーバーを専門に扱う業者が次々と成長していく。Vader's VaultのAlanとDeanna Johnsonは、もともとはフォーラムで活動するファンに過ぎなかったが、趣味として始めた制作はやがて家族を支える仕事になった[15]。第1部で紹介したMarco EnterprisesはSFプロップ全般を扱う中でライトセーバーも販売していたが、この時代にはライトセーバーを専門にして生計を立てることさえ可能な市場が生まれていた。
2-5 2010年代 技術的成熟と熱狂
2010年代後半になると、一般の電子工作で使われていた個別制御可能なRGB LEDストリップが、カスタムライトセーバーにも本格的に取り入れられる。これにより順番に光を伸ばして点灯させたり、衝突時にブレードの一部だけを強く発光させたりする表現も可能になっていく[16]。こうした個別制御LEDもライトセーバー用に生まれたものではなく、GraflexやLuxeonと同様、外部の製品や技術を応用する試みの延長にあった。
光だけでなく、音の再現も2010年代末に大きく変わる。それまで多くのカスタムセーバーは、動きを検知するとあらかじめ録音されたスイング音を再生する仕組みだった。2018年、Thexterというコミュニティ開発者が、動きに応じて音を変化させるSmoothSwingのアルゴリズムを公開した。Fredrik Hubinetteがこれを自身のライトセーバー用システムへ実装し、2019年頃には対応する専用電子基板などを通じて普及が進んだ[17]。その結果、ライトセーバーは振ったことを検知して音を鳴らすだけではなく、速く振れば音も激しく、ゆっくり動かせばそれに応じて音が変わることまで可能になる。実際にライトセーバーを振ったときにどう感じるかという体験そのものも再現されるようになった。
一方、市場の規模を大きく変えたのが、2015年の『フォースの覚醒』だった。全世界待望ともいえる本作が公開され、カスタムセーバーのコミュニティに追い風となった。Vader's VaultのAlan Johnsonによれば、同社が販売したライトセーバーは2014年の200~300本から、映画公開を控えた2015年には約1,200本へ増加した[3]。さらに2016年には最初の2か月だけで1,000件の注文が入り、Plecter Labsの基板は数時間で売り切れ、TCSSでも多くの部品が入荷待ちとなった。新作映画によって巨大な需要が生まれたとき、それを受け止める専門メーカー、部品メーカー、電子技術、コミュニティはすでに存在していた。2015年は、それまで長い年月をかけて成長してきた文化の規模が一気に表面化した時期だった。
2-6 まとめ
2000年代から2010年代にかけて変わったのは、ライトセーバーの性能だけではなかった。光の技術があり、専用部品があり、電子基板があり、作り方を教えるフォーラムがあり、注文を受ける職人がいる。自分だけの一本を作ることも、それを使って殺陣や競技に打ち込むこともできるようになった。第1部では、ライトセーバーを自分で作ろうとするファンがいた。それから約30年後には、その作り手を支える部品、知識、人、市場、そしてコミュニティまでが揃っていた。「ライトセーバーを作る人がいる」という段階から、ライトセーバーを中心に一つの独立した文化が成立するところまで来た。
この文化は公式へ取り入れられるというゴールを目的としたものでもなく、2006年には商業化をめぐってLucasfilmとの法的衝突さえ起きている。公式とファンの境界は存在した。それでも2010年代になると、その境界を越えて、技術や部品、そして作り手自身が公式制作へ入っていく事例が目立つようになる。
第3部 境界線を越えた先へ
3-1:2010年代 ファンが公式へ
2000年代までに、スター・ウォーズのファンは公式とは別の場所で独自の制作の文化を築いていた。それはライトセーバーといったプロップだけにとどまらず、ドロイド、衣装、アーマーなどでも、映画に近いものをファンが作り、その技術をコミュニティの中で共有していた。2010年代に入ると、そのファン文化が公式の制作現場と直接交わる例が目立つようになる。
その例の一つが、2011年にリニューアルオープンされたアトラクション「スター・ツアーズ:ザ・アドベンチャーズ・コンティニュー」だった[1]。2010年に行われたアトラクション用の映像の撮影には、ファン・コスチューミング団体の501st LegionやRebel Legionのメンバーが、自ら所有するストームトルーパー・アーマーなどを持ち込んで撮影に参加している。もともとは公式作品を再現するためにファンが作り、イベントで身につけていた衣装が、今度は公式のスター・ウォーズを作るための衣装として使われることになった。
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| キャスリーン・ケネディとR2-D2 Builders Club |
この流れは、ファンが所有している物を借りるだけには留まらなかった。1999年に始まったR2-D2 Builders Clubでは、R2-D2を現実に再現するため、設計、金属加工、電子工作、遠隔操作などの知識が長年共有され、メンバーは専門的な技術を蓄積していた[2]。2013年のCelebration Europeでは、Lucasfilm社長キャスリーン・ケネディがR2-D2 Builders Clubの展示を訪れ、そこでファンが制作したドロイドを目にする[3]。その後、同クラブのメンバーだったLee TowerseyとOliver Steeplesは映画『フォースの覚醒』のCreature Effects Teamへ参加することになり、Pinewood StudiosでR2-D2などのアストロメク・ドロイドの制作に携わった[3]。StarWars.comは当時、この出来事を「ファンメイドのR2-D2が『フォースの覚醒』に登場(R2-D2 Is in Star Wars: Episode VII, and He’s Fan-Made)」と紹介している。
さらに、2018年の『ハン・ソロ』にも6体のRシリーズ・ドロイドが登場し、この時期の新作映画に登場したRシリーズの多くがR2-D2 Builders Clubのメンバーによって制作・操作されていた[4]。ファンコミュニティに蓄積された知識が、映画制作の現場そのものへ持ち込まれるようになった。物だけではなく、制作者自身も公式作品の制作に参加するようになった。
3-2:2015年 カスタムライトセーバー文化と公式映画の交差
同じ時期、カスタムライトセーバー文化も、公式制作と接点を持ち始める。2015年公開の『フォースの覚醒』は市場に巨大な需要を生み出したが、両者の接点はそれだけではなかった。映画を作る側もまた、すでに成熟していたファンのライトセーバー文化へ接触していた。Vader's VaultのAlan Johnsonによれば、Disney ImagineeringやLucasfilmから、Johnsonを含むセーバースミスたちに、技術や知識について問い合わせがあったという[5]。2000年代にはファン同士で情報を共有していた者たちが、2010年代には公式制作側から専門知識を持つ人物として認識されるようになっていた。
『フォースの覚醒』の撮影そのものでも、実際に発光するLED式ライトセーバーが使用された。ファンが発明した技術をLucasfilmがそのまま採用したという単純な話ではないが、一般の電子技術、ファンが発展させた実用的な光るセーバー、映画撮影技術が、それぞれ同じ「実際に光るライトセーバー」という方向へ近づいていき、その中で公式とファンの間にも実際の人的接触が生まれていた。このLED式のライトセーバーはシークエル三部作以降のドラマ『アコライト』でも使用され続けている[11]。
『フォースの覚醒』では、さらに象徴的なことが起きている。制作会社Foodles Productionsは撮影用プロップを準備する中で、Graflexをはじめとするビンテージのカメラフラッシュを、プロップ収集家やファンの市場から調達していた[5]。1977年、『スター・ウォーズ/新たなる希望』の制作スタッフは、映画用のライトセーバーを作るために既製のGraflexフラッシュを利用した。その後ファンは、スクリーンの中のライトセーバーが何から作られていたのかを調べ、Graflexを特定し、実物を収集し、正確な再現方法を研究してきた。その過程でGraflexは、スター・ウォーズのプロップ市場でも特に重要な部品の一つとなった。そして2015年、新しいスター・ウォーズを作る側が、その市場の中へGraflexを探しに来る。
3-3:2019年 レプリカが「本物」に
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| 『スカイウォーカーの夜明け』 |
2019年公開の『スカイウォーカーの夜明け』では、さらに象徴的な事例が確認されている。Complete Lightsaber Prop Guideによれば、同作で使用されたレイの「スカイウォーカーのライトセーバー」の一部には、Roman's Empire製のGraflexレプリカが利用された。また、カスタムセーバー界で活動するKR Sabersは撮影用ライトセーバーのblade plugを提供していたとされる[6]。
ここまで来ると、Graflexをめぐる流れは思いがけず輪を閉じる。1977年には、本物のGraflexフラッシュが映画用ライトセーバーへ改造された。ファンはそのライトセーバーを再現するためにGraflexを探し、何十年もかけて寸法や部品を研究し、精密なレプリカを作るようになった。そして2019年には、そのファン向けに作られたGraflexレプリカが、再びスター・ウォーズ映画の撮影用ライトセーバーに使われた。
レプリカは「本物」になったのだ。そのレプリカは、映画の撮影で実際に使われたプロップという「本物」を理解しようとするファンの研究の蓄積から生まれたものだった。それが、長年の研究によって精度が高まり、映画制作でも利用できる水準まで達していた。かつて本物を追い求めて作られたレプリカが、今度は新しい本物を構成する部品になった。
3-4:2019年以降 さらに本物になるレプリカ
同じような逆転は、別のライトセーバーでも起きた可能性が高い。『スター・ウォーズ/新たなる希望』でオビ=ワンが使用したライトセーバーも、多数の既製品や工業部品から組み上げられていた。そのエミッター部分には、Rolls-Royce Derwent系ジェットエンジンで使われていたbalance pipeが利用されていた。その構成部品は長年完全には判明していなかったが、Roman Propsの記録によれば、RPFのメンバーによる長年の調査によって、2005年10月までにオビ=ワンのライトセーバーを構成する主要なパーツの特定が完了した[7]。ファンはスクリーンや資料を分析し、本来は航空機に使われていた部品まで突き止めた。
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| ドラマ『オビ=ワン・ケノービ』 |
Roman Propsは、その研究成果をもとに実物では入手困難な部品の精密なレプリカを作成し、ファンがオビ=ワンのライトセーバーを制作できるようにした。そして2022年のドラマ『オビ=ワン・ケノービ』では、RPFのプロップ研究者たちが、撮影用ライトセーバーにRoman Props製と思われる『新たなる希望』型balance pipe emitterが使用されていると特定している[8]。LucasfilmやRoman Gomez自身による公式確認ではないため断定はできないが、プロップ上の特徴はRoman製レプリカと一致すると分析されている。これが正しければ、1977年に実物の航空機部品から作られたライトセーバーを、ファンが何十年もかけて部品を調査し、その成果をもとにRoman Propsがレプリカを作り、それが2022年の新しい公式ライトセーバーの一部として使用されたことになる。Graflexで起きた「レプリカが本物になる」という構図が、別の一本でも繰り返されたことになる。
同様のことは、ライトセーバー以外のスター・ウォーズのプロップでも再び起きていた。2019年に配信されたドラマ『マンダロリアン』の撮影では、ストームトルーパーのアーマーが多数必要になり、制作陣が501st Legionのメンバーへ協力を求めた[9]。参加したメンバーは、普段イベントなどで使用している自分自身のストームトルーパー・アーマーを持ち込み、そのまま撮影へ参加した。デイヴ・フィローニは後に、撮影が終わった時点で彼らのアーマーはすべて「screen-used」になった、と冗談めかして語っている。公式ドラマのカメラの前に立った瞬間、レプリカはスター・ウォーズの劇中に登場した「本物」の衣装になった。
2019年にDisneylandのStar Wars: Galaxy's Edgeが開業すると、別の興味深い共通点も現れた。同地の「Savi's Workshop」では、来場者自身が複数のパーツからヒルトを選び、カイバー・クリスタルを決め、自分だけのライトセーバーを組み立てる体験が提供された[10]。Disneyがカスタムライトセーバー文化を直接取り入れてSavi's Workshopを作った、という因果関係を示す資料はない。だが、1970年代からファンは自分で部品を集め、2000年代には専用品を組み合わせ、自分だけの一本を作る文化を育ててきた。そして2019年には公式のテーマパークでも、「自分だけのライトセーバーを作る」こと自体がスター・ウォーズ体験の中心に置かれた。この同じ楽しみ方へとたどり着いた点は興味深い。
3-5:まとめ
もちろん、公式と非公式の線引きが消えたわけではない。High-Tech Magicの訴訟が示したように、商品化には現在も明確な線がある。その一方で2010年代以降、501stの衣装、R2 Buildersの制作者、Graflex、カスタムセーバーの技術やレプリカが、実際の制作現場へ入っていった。それは一度きりの特殊な出来事ではなく、2010年代以降のスター・ウォーズ制作で繰り返し見られるようになった。公式とファンは別々の存在でありながら、以前よりはるかに複雑に交わり銀河を広げていった。
終わりに
1977年、映画制作のために一本のGraflexがライトセーバーへ姿を変えた。それを見たファンは元になった部品を探し、研究し、再現し、何十年もかけて精密なレプリカまで作るようになった。そして2010年代、新しいスター・ウォーズを作る公式の人間はファンの築いた市場へGraflexを探しに訪れ、ついにはファン向けに作られたレプリカまでが新しい映画のプロップになったとされる。
これらは最初から一つの計画に沿って起きたことではない。それでも、スター・ウォーズが半世紀近くにわたって国境と世代を越えて受け継がれてきた作品だからこそ、受け取った人々やその制作物がいつか公式作品側へ回ることは、ある意味では必然だったのかもしれない。
そのことは物だけでなく、人にも起きている。ジョージ・ルーカスからスター・ウォーズを受け取った世代の一人だったデイヴ・フィローニは、2005年にルーカス自身に見いだされて『クローン・ウォーズ』を作り始め、2026年にはLucasfilmの社長となった。
思えば作中のスカイウォーカーのライトセーバーも、一人だけのものではなかった。持ち主を変え、世代を越えて受け継がれ、手を加えられ、そのたびに新しい物語を生み出してきた。きっと文化も同じなのだ。誰かが作り、誰かが受け取り、再現し、作り変え、また次の誰かへ渡していく。その過程で公式とファンは互いに影響し合いながら、スター・ウォーズという銀河を広げてきた。
カスタムライトセーバーは、もはや単なる映画プロップのレプリカではない。そしてスター・ウォーズもまた、もはや一つの映画シリーズだけではない。半世紀をかけて受け継がれ、作り続けられてきた、一つの文化なのである。
そして、その文化はここ日本でも脈々と受け継がれ、息づいている。次回の記事では、この文化の当事者である日本のカスタムライトセーバーの制作者であり、監修&お写真の提供をいただいたスター・ウォーズ侍さん、夜明けのガンマンさんにこの文化について伺う。
次回:日本のカスタムライトセーバー制作者に聞く――一本を作る魅力と、受け継がれるファン文化 9月18日(金)公開
監修 スター・ウォーズ侍さん @stwrs3
写真提供 夜明けのガンマンさん @Shino_Nome
筆者 ジェイK @StarWarsRenmei
=参考文献リスト=
第1部
[1]https://www.starwars.com/news/star-wars-costumes-of-halloweens-past
[2]https://www.legacy.com/us/obituaries/name/john-marco-obituary?id=61515406
[3]https://www.thecopycats.org/marco-enterprises
[4]RPF / OB10の1987年回想
https://www.therpf.com/forums/threads/graflex-bank-everything-you-need-to-know-about-the-skywalker-lightsaber-prop.273184/
[5]https://www.therpf.com/forums/media/albums/star-wars-costumes-1982-83.115/
[6]https://wannawanga.com/wp-content/uploads/2020/03/SWLB_March_2020.pdf
[7]https://www.thestarwarstrilogy.com/2014/06/12/starlog-star-wars-technical-journal-vol-01-the-planet-tatooine/
[8]https://www.therpf.com/forums/threads/owk-technical-journal-lightsaber.272196/
[9]https://www.therpf.com/forums/threads/thd9791s-yoda-lightsaber.178890/
[10]https://www.therpf.com/forums/threads/even-piell-lightsaber.84673/
[11]https://i145.photobucket.com/albums/r219/robn1/Magazine%20Scans/Fantastic%20Films%20August%201978/16.png
第2部
[1]https://www.therpf.com/forums/threads/the-evolution-of-lightsaber-tech.299711/page-2
[2]https://www.theforce.net/episode2/story/Master_Replicas_Unveils_Star_Wars_Episode_II_Collectibles_67542.asp
[3]https://www.theverge.com/2016/4/10/11371902/star-wars-lightsaber-fx-sabers-custom-luke-skywalker-graflex
[4]https://www.therpf.com/forums/threads/the-evolution-of-lightsaber-tech.299711/page-2
[5]https://www.thecustomsabershop.com/About-Us.aspx
[6]https://www.plecterlabs.com/shop/about_us.php
[7]https://forums.thecustomsabershop.com/
[8]https://nyjedi.com/
[9]https://saberguild.org/about/who-we-are
[10]https://ludosport.net/story.html
[11]https://www.washingtonpost.com/archive/business/2006/11/29/lucas-sues-maryland-firm-over-lightsaber-knockoff/5794a2e7-f9df-4a44-8bea-54d92d1c7521/
[12]https://www.sliceofscifi.com/2006/11/30/pirated-lightsabers-targeted-in-trademark-infringment-lawsuit/
[13]https://www.latimes.com/archives/la-xpm-2007-jan-25-fi-briefs25.7-story.html
[14]https://www.fx-sabers.com/forum/index.php?topic=6306.0
[15]https://vadersvault.com/about-us/
[16]https://www.fx-sabers.com/forum/index.php?topic=51756.0
[17]https://crucible.hubbe.net/t/proffie-history/2365
[18]https://theiconsmuseum.blogspot.com/2013/
[19]https://www.therpf.com/forums/threads/reconditioning-graflex-sabers.123848/
[20]https://americanradiohistory.com/Archive-Poptronics/90s/99/PE.1999-10.pdf
[21]https://starwars.fandom.com/ja/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%3ACiennaledge/%E3%83%AC%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
第3部
[1]https://www.starwars.com/news/how-the-501st-and-rebel-legions-became-part-of-star-tours
[2]https://www.starwars.com/news/fully-operational-fandom-assembling-astromechs-with-r2-d2-builders
[3]https://www.starwars.com/news/r2-d2-is-in-star-wars-episode-7-and-hes-fan-made
[4]https://www.starwars.com/news/secrets-of-the-solo-a-star-wars-story-creature-shop
[5]https://www.theverge.com/2016/4/10/11371902/star-wars-lightsaber-fx-sabers-custom-luke-skywalker-graflex
[6]https://wannawanga.com/wp-content/uploads/2020/03/SWLB_March_2020.pdf
[7]https://romanprops.com/history/
[8]https://www.therpf.com/forums/threads/2022-kenobi-series-lightsaber-screen-caps-spoilers.345773/page-5
[9]https://www.starwars.com/news/swcc-2019-9-things-we-learned-from-the-mandalorian-panel
[10]https://www.starwars.com/news/the-aliens-droids-and-shops-of-star-wars-galaxys-edge
[11]https://www.starwars.com/news/ilm-the-acolyte-vfx-interview






